로그인二週間ほど入院生活を送った頃には、一条もようやく何とかベッドから降りて歩けるようになっていた。 もっとも、今回は腕と脚の骨折が重かったため、長時間歩くことはまだできない。少し歩いただけでも、耐え難い痛みが襲ってくる。 それでも一条は、陽菜を誘って病院の中庭へ日向ぼっこに行こうとせがんだ。 二人は庭園のベンチに並んで腰を下ろす。 柔らかな陽射しが全身を優しく包み込み、隣に座る一条からは、ほのかに消毒薬の匂いが漂ってきた。 陽の光を浴びて、少し茶色がかった髪がきらきらと輝いている。 それを見つめながら、陽菜はそっと手を伸ばし、一条の前髪に触れた。「一条君、髪、少し伸びましたね。目にかかって邪魔じゃないですか?」一条はわざと陽菜の方へ頭を傾けた。その拍子に、陽菜の手は自然と一条の頭へ触れる。 まるで、自分から撫でてもらいにきたようだった。 陽菜は少し驚き、慌てて手を引こうとした。 けれど、一条はその手をそっと掴み、自分の髪の上へ戻してしまう。「このままでいい」 照れる様子もなく俯いて笑う一条を見て、陽菜も自然とその髪を優しく撫でた。 指先に伝わる髪は、とても柔らかい。 しばらくしてようやく、一条は名残惜しそうに陽菜の手を離した。 顔の痣もだいぶ薄くなり、表情も以前よりずっと明るい。 そんな一条が嬉しそうに笑っている姿を見るだけで、陽菜まで嬉しくなってしまう。 傷の具合が気になり、陽菜は一条の顔をじっと見つめていた。 傷がちゃんと治っているか確かめたかっただけなのに、あまりにも長く見つめすぎたのだろう。 一条の耳がみるみる赤く染まっていく。 照れ隠しをするように、小さく咳払いを一つした。「藤野……俺って、結構かっこいい方だよな?」「えっ?」 あまりに突然の質問に、陽菜はきょとんと目を瞬かせる。 その反応を見て、一条はますます恥ずかしくなったらしい。 これまで、自分の見た目をこんなふうに気にしたことはほとんどなかった。 昔から格好いいと言われることは多かったし、自分でも悪くない方だとは思っている。 けれど、陽菜にこんなにもじっと見つめられると、自分の顔は本当に陽菜の好みに合っているのだろうかと、急に自信がなくなってしまった。「その……俺って別に不細工じゃないよな? 藤野はどう思う? 俺のこと、かっこいいって思ったこ
一条の母親の言葉はとても温かく、陽菜は思わず目頭が熱くなった。 母親を見つめる瞳には、感動と感謝の色が滲んでいる。「私……」「藤野さん、勘違いしないでくださいね。別に何かを急かしたいわけじゃないんです。修司はいい子なんですけど、これまでちゃんとした恋人ができたことがなくて……親としては少し心配で、つい余計なことまで話してしまいました」「一条君は……本当に素敵な方です」「そう思っていただけているなら、私はそれだけで十分です」 家に着くまでの間、一条の母親は修司が幼い頃の失敗談や微笑ましい思い出をいくつも聞かせてくれた。 車内には終始穏やかな空気が流れ、陽菜もいつの間にか緊張がほぐれ、気づけば最近の一条の様子を楽しそうに話していた。 もっとも、話題は仕事中の出来事ばかりだったが、一条の母親はそれでも嬉しそうに耳を傾けてくれる。 マンションへ着く頃には、今度一緒に買い物へ行きましょうとまで誘ってくれた。「藤野さんとは、きっと気が合うと思うんです。お時間がある時は、私にも付き合ってくださいね」「ありがとうございます、お母様」 家へ帰ると、入れ違うように一条から電話がかかってきた。 どこか声を潜めながらも、その口調には隠しきれない得意げな響きが混じっている。「藤野、もう家着いた?」「はい。今ちょうど帰ったところです」「当たった。ちゃんと時間計算して電話したんだ」 入院中の一条にはできることがほとんどない。 だから陽菜が帰る時間をずっと計算しながら待っていて、ちょうどその頃を見計らって電話をかけてきたのだった。「ふふ、本当にぴったりですね、一条君」「藤野、少し離れただけでも、もう会いたくなっちゃった。どうしよう」 以前の一条なら、こんなふうに真っ直ぐ気持ちを口にすることはなかった。 一度想いを伝えてくれたあとも、鷹宮の存在を気遣って、それ以上踏み込んでくることはなかったのに。 それがこの二日間は、まるで遠慮がなくなったかのように真っ直ぐ想いを伝えてくるものだから、陽菜はすっかり振り回されてしまった。 受話器を当てた耳まで熱くなり、声まで少し上ずってしまう。「い、一条君……急にどうしたんですか」「俺、本気で藤野を口説いてもいい? もう藤野と凌は……。事故に遭った時さ、真っ先に思ったんだ。もっと藤野と一緒にいたかったって。
一条の言葉に陽菜は思わず目を丸くした。 次の瞬間には頬がみるみる赤く染まり、しどろもどろになってしまって、うまく言葉が出てこない。 しばらくしてようやく、小さな声で口を開いた。「お、お母様……初めまして」 それだけ言うのが精一杯だった。 もっとも、一条がわざわざそんな説明をしなくても、一条の母親はとても穏やかで優しそうな女性だった。「こんにちは。いつも修司がお世話になっています。この子、小さい頃から落ち着きがなくて、あまりしっかりした性格でもないんです。藤野さんにはご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、何か気になることがあったら、遠慮なく叱ってあげてくださいね」 その言葉に、一条はすぐさま不満そうな声を上げた。「母さん、俺そんなに頼りない? 藤野の前なんだから、少しくらい褒めてくれてもいいじゃん」「そのぐるぐる巻きの姿を見て、どこを褒めろっていうの? まるでちまきみたいじゃない」「母さん、俺こんな大怪我してるのに笑う?」 二人のやり取りを見ているだけで、普段からとても仲のいい親子なのだと伝わってくる。 その温かな空気につられて、陽菜も思わず吹き出してしまった。 陽菜が笑ったのを見ると、一条も嬉しそうに笑う。 そんな息子の様子を見て、一条の母親は呆れたように小さく首を振りながらも、優しく口元を緩めた。 面会時間が終わると、一条は名残惜しそうに陽菜へ別れを告げた。 その表情はまるで捨てられた子犬のようにしょんぼりとしていて、陽菜が「明日もまた来ます」と何度も約束してようやく諦めたように口を尖らせる。「……しょうがない。じゃあ、また明日」 病室を出て下へ降りる途中、まだ帰っていなかった一条の母親と鉢合わせた。 手には何枚かの書類を持っていて、おそらく医師から受け取ったものなのだろう。 陽菜に気づくと、一条の母親はにこやかに声をかけてきた。「藤野さん、お帰りですか? よかったら、お送りしましょうか」「いえ……そんな、ご迷惑になりますので」「気にしなくて大丈夫。それに、私も藤野さんともう少しお話ししたいなと思っていたんです」 そう言われてしまい、陽菜は断り切れず、一条の母親と一緒に病院の駐車場へ向かった。 歩きながら、頭の中には鷹宮の母親から向けられた冷たい言葉や、刃物のように鋭かった視線が何度も蘇る。 そのたび
翌日も仕事があったため、陽菜は胸の奥から何度も込み上げてくる一条への心配を押し殺しながら会社へ向かった。 仕事を始めて間もなく、一本の見知らぬ番号から電話がかかってくる。 取引先からの電話かもしれないと思い、陽菜はチームリーダーに一声かけて席を立ち、静かな場所へ移動して電話に出た。 通話ボタンを押し、声を出すよりも早く、受話器の向こうから待ちきれなかったように一条の声が飛んできた。「よかった。知らない番号だから、出てもらえないかもって心配してたんだ」 一条はそう言って笑うと、陽菜が尋ねるより先に、自分から番号のことを説明した。「これ、友達にスマホ借りたんだ。藤野、俺のスマホ壊れちゃってさ。今日はこれで連絡するしかなくて」 電話越しの一条の声は昨日よりずっと元気そうだった。 それでも、まだ少し掠れている。「一条君、まだこんなに朝早いのに……身体は少しよくなりましたか?」「だいぶよくなったよ。……昨日目が覚めたらもう真っ暗でさ、藤野に会えなかったから、朝になったら真っ先に電話したくて」「ふふ……でも、今は仕事中ですよ」「それもそうだな……じゃあ休みにする? 俺、一応社長だし。藤野、仕事休んで病院来ない?」 一条は本気でそう言っているらしい。 けれど、そんな理由で仕事を休ませようとするなんて、あまりにも無茶な話だった。「一条君、お仕事が終わったら会いに行きます」「……しょうがないな。じゃあ待ってる」 陽菜も一条に早く会いたいと思っていたからだろうか。 その日は一日がいつもよりずっと長く感じられた。 ようやく終業時間になり、帰る支度を終えたところで、一条からまた電話がかかってくる。 その声は期待で弾んでいて、どこか珍しく子どもっぽかった。 そんなところまで、陽菜にはたまらなく可愛く思えた。「藤野、まだ?」「あ……今ちょうど下に降りるところです」「早く会いたい」 怪我をして入院しているせいなのだろうか。 一条はいつになく甘えん坊で、そんな照れてしまうような言葉も何のためらいもなく口にする。 まるで一秒でも早く陽菜に来てほしいと言わんばかりに、何度も急かしてきた。 陽菜は病室には一条しかいないものだと思っていた。 けれど病室へ入ると、そこにはもう一人、見舞いに来ている女性がいた。 上品で洗練された身なりの女性だった
医師の話では、一条は見た目こそ痛々しいものの、重いのは主に外傷で、内臓には大きな異常はないという。ただ、衝撃で骨を折ってしまっているため、しばらくは思うように身体を動かせず、引き続き入院して経過を見る必要があるらしかった。 陽菜は眠っている一条の顔を見つめた。 眠っていても痛むのか、眉間にはかすかな皺が寄っていて、頬に残る痣や擦り傷の跡を見ていると、少しでも代わりにその痛みを引き受けてあげたいと思ってし 一条を見ていると、胸の奥が何度も鋭く痛んだ。 自分はどこも怪我などしていないし、こんなにも元気なはずなのに、胸だけがどうしようもなく苦しい。 本能のような衝動に突き動かされ、一条の手に触れたい、一度だけでも抱きしめたい。 そうでもしなければ、この胸の奥から溢れてくる得体の知れない感情を押さえ込めそうになかった。 鷹宮も医師の説明を聞いたあと、しばらく病室に残っていた。 何度か陽菜に話しかけ、その様子を心配していたものの、陽菜は呼ばれてから少し遅れて気づくような状態で、そのたびに簡単な返事を返すことしかできない。「陽菜さん、君……」 最後の数分、鷹宮は何か言いたげな顔をしていた。 何度も口を開きかけては閉じる。 陽菜の意識がまるで自分に向いていないことを感じ取ったのだろう。しばらく考えたあと、小さく首を横に振り、結局何も聞かなかった。 一条に使われている薬は、本当に強いものだったのかもしれない。 面会時間が終わる頃になっても、彼は目を覚まさず、回診に来た看護師がぽつりと教えてくれた。「怪我も重いですし、お薬にも眠れる成分が入っていますから。数日してから来ていただければ、もう少し元気になっていると思いますよ」 陽菜は何も言わず、小さく頷いた。 目を覚ました一条と話ができなかったのは少し残念だった。 本当はもっと話をしたかった。 でも、一条がぐっすり眠れていることに、陽菜は少し安心もしていた。 一晩眠っていなかったせいだろう。 家に帰ってようやく、自分が思っていた以上に疲れ切っていたことに気づいた。 身体は鉛のように重く、あと一歩歩くだけでもひどく億劫に感じるほどだった。 なんとか身支度を済ませてベッドに倒れ込む。 それなのに、なかなか眠ることができなかった。 身体はひどく疲れているのに、目を閉じると浮かんでくるの
一条の全身の半分以上には包帯が巻かれていた。 片手は点滴のために布団の外へ出され、顔も半分ほど腫れ上がっていて、痛々しい痣が広がっている。 その姿はあまりにも痛々しく、一目見ただけで陽菜はまともに見ていられなくなった。 目の奥が熱くなり、涙が滲んでくる。 物音に気づいたのか、一条はゆっくりと顔を向けた。鷹宮と陽菜の姿を見つけると、挨拶しようとしたのだろう。 手を上げようとするものの思うように動かず、ようやく浮かべた笑顔も、どこかの傷に響いたのか、「っ……」 と小さく息を漏らし、そのまま引きつったような笑みで止まってしまった。「はは……俺、今すげぇ悲惨な顔してる?」 こんな時だというのに、まだ冗談を言う余裕がある。 陽菜は俯いたまま鷹宮の後ろについて立ち、一条を見ることができなかった。 泣いている顔を見られたくなかったからだ。 ぽたぽたと床に落ちる涙は隠しようもなく、一条はすぐに気づき、困ったように口元を歪めた。 本当は陽菜を慰めたくて、できることなら抱きしめて安心させてあげたかったが、身体に力が入らず、優しく声をかけることしかできなかった。「藤野、泣くなって。俺、大丈夫だから。見た目は派手だけど、全然痛くないし! ほとんどかすり傷みたいなもんだって。本当。本当に心配なら、先生呼んで説明してもらおうか?」 そう言いながら、一条は本当にナースコールを押そうと懸命に手を伸ばしたが、それを鷹宮が止めた。「修司、動くな」 そう言ってから少し考え、「後で僕が陽菜さんを連れて先生の話を聞きに行くから、お前は変なことするな。大人しく寝てろ」「はは……それならいいか。藤野、先生の話を聞けば分かるって。俺、本当に大したことないから」 一条は笑いながらそう言った。 なんとか陽菜を笑わせたかったのだろう。 本人は、自分の声がどれほど掠れていて、いつものような明るさや張りを失っているのかまったく気づいていなかった。 陽菜が何も言わないものだから、一条も不安になったのか、何度も彼女の名前を呼んだ。「藤野。藤野。……もう少しこっち来て? な?」 声を落とした一条は、きらきらとした目で陽菜を見つめながら、一歩ずつ近づいてくる彼女の姿を追う。 そして、涙の跡が残る頬と、今もぽろぽろと零れ続ける涙を見てしまった。 本当は、からかうつもりでいく
「じゃあ……藤野、今日は今後の大まかな方針だけ伝えておくね。何かあったら随時連絡する。たぶんこれからもっと忙しくなるし、ちょっとした勝負になるかもしれない」 「本当にありがとうございます、先輩」 「礼なんていらないよ。勝ったらその分、しっかり報酬もらうからさ」 状況は決して明るくはなかった。 だからなのか、立花はわざと余裕のある様子を見せて、陽菜を安心させようとしていたのかもしれない。 その気遣いに、陽菜の心も少しだけ落ち着いた。 けれど、まだこれは始まりに過ぎないことも、陽菜はちゃんと分かっていた。 一時間の予約時間はあっという間に過ぎ、次の予定がある立花は、エレベーターの
鷹宮は総合企画と戦略コンサルティングを手がける会社を率いている。 企業のブランド再構築や、新規事業・商品企画を中心業務とするその会社は、もともと彼の父親の代によって設立されたものだった。 だが、経営がうまくいかず倒産寸前まで追い込まれた会社を、当時まだ大学生だった鷹宮が引き継ぎ、数年の歳月と心血を注ぎ込むことで、ようやく立て直すことができたのだった。 現在の規模まで会社を育て上げた彼は、代表として自分の時間も体力もすべて仕事に捧げており、私的なことに使う余裕など一切持ち合わせていない。 陽菜が鷹宮と再会した後も、彼には言っていないし、鷹宮自身もまったく覚えていないことがあった。
朝、スマートフォンのアラームが一度鳴っただけで、陽菜はすでに目を覚ましていた。画面に表示された時刻はちょうど六時。窓の外は冬のせいかまだ薄暗く、朝の光が完全には届いていない。 目を半分閉じたまま、昨晩選んでおいた服に素早く着替え、簡単に身支度を整えると、急ぎ足でキッチンへと向かう。今日の朝食の準備を始めるために。 鷹宮の家で迎えた二日目の朝、陽菜は契約書に書かれた勤務時間に合わせて朝食を作ろうと考えていた。だが、九時に台所へ向かった時には、家の中にはすでに誰もおらず、陽菜一人だけが取り残されたように呆然と立っていた。 その夜、遅く帰宅した鷹宮は、まだリビングで待っていた陽菜の姿を見
鷹宮からドライヤーを受け取ったとき、陽菜の手がほんの少し震えた。 幸い、鷹宮はそれに気づかなかった。もし気づかれていたら、自分が余計なことを頼んでしまったと責めてしまったかもしれない。 ドライヤーのスイッチを入れると、その音が部屋の中のすべての音をかき消した。 鷹宮は二人掛けのソファに少しゆったりと腰を下ろし、背をもたせて座っていた。 陽菜はその背後に立ち、数メートル先のテレビ画面に映る反射を通して、目を閉じている鷹宮と、緊張した面持ちの自分の姿をはっきりと見ていた。 ドライヤーの温風は、鷹宮の髪だけでなく、陽菜の手までもじんわりと温めていく。 見た目通り、鷹宮の髪は柔らかくて







